まったく先が見えない復旧作業 〜水戸市の水害現場から〜

10月21日、私は地元の仲間6人と共に、12日の台風による洪水で大きな被害を受けた水戸市北西部を訪れました。高速のインターやホームセンターが完全に水没。最深部は7m以上水につかったエリアです。水が引き、一般車両が通れるようになり、合計7人でボランティアに向かいました。

 

この水没したエリアの先が今回お邪魔した水戸市岩根町です。

 

 

「えっ?ここって水戸?」

 

自宅から直線距離で10キロありません。

住所も同じ「水戸市」です。

しかし、目の前に広がる光景は全く知らない土地に来たと錯覚させるほど、変わり果てていました。

 

 

道にうず高く積まれた「災害ゴミ」。

もう見捨てられてしまったかのような家屋。

泥をかぶった樹木。

 

 

中には道路の縁石に座り込みうなだれている人もいます。

 

 

「あの中華料理店、若い夫婦で切り盛りしていておいしかったんだよね!」

「あのゴルフ練習場も水没?」

「ここのおじいちゃん大丈夫だったかな」

 

 

今回ボランティアに来た私たち全員が地元で何十年と暮らしており、土地勘もあります。だからこそ、口々に出てくるひとつひとつの言葉が心をますます重くしていきます。

 

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水戸市のボランティアセンターで指定されたお宅は60代のご夫婦がお住まいで、平屋の立派な日本家屋でした。全ての窓、扉があけ放たれ水をかぶったものはほとんど庭に出されていました。それまで、普通に使用していた思い出や愛着がある日常品や洋服、布団などが台風を境に「ゴミ」となってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

詳細な写真の撮影はご遠慮させていただきました。

 

 

 

それまで身近なものだったものを「ゴミ」というのは憚られますが、それでもこの「ゴミ」が大問題です。

 

 

「水害で出たゴミは道路脇に出しておいてください。水戸市の収集車が順次回収に伺います」

 

 

水戸市では、災害のゴミを集積所に集めるのではなく自宅前で収集車が回収に行きます。しかし、この収集が全然進みません。

 

 

私も、現場を見るまで通常のごみ収集と同じように「回収」をしているのだと簡単に考えていました。しかし、このボランティアでお伺いしたお宅のように、それまで自宅にあったほとんどのもの(家具を含む)と瓦、木材等が一度にゴミとして放出されるので、見たことがないほどの物資が何キログラム、何トンと道路に積まれるので収集がまったく追いつきません。

 

 

今日の毎日新聞(インターネット版)にもこの問題が出ていました。

災害ごみ、処理めど立たず 茨城県内の仮置き場山積み 「回収しても出てくる」

 

 

 

作業の合間にこちらのお宅にお住まいの方とお話をしました。すると、水害に合うのは記憶している限りで3回目。年を重ねてくると、片付けも間々ならなくなってくる。ご先祖様が江戸時代から住んでいる土地で、自分もここで生まれ育ったとおっしゃっていました。

 

 

「これからの人口減少社会で堤防整備などをしても無駄なので、そもそも水害が起こりやすい場所ではなく、高台などに移住してもらった方がかえって安い。」という意見をインターネットなどで見つけます。経済的合理性でいけばそうなのかもしれません。しかし、その人や家族、先祖が代々根を張りそこで生活し、築いてきた歴史を考えると「移住して」とは簡単に言えないし、言われても決断できないと思いました。

 

 

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ボランティアを終え、帰路につく車の中で思ったことがあります。

 

 

「風化が怖い」

 

 

朝方受付をしたボランティアセンターでは多くの人々を見かけました。茨城県すべての自治体からの応援職員、法務省の職員、各企業から派遣されたボランティアチーム。そして、私の隣にいた20代の男性は、ひとりでわざわざ神奈川県の川崎市からボランティアに日帰りで駆けつけてくれていました。

 

 

ボランティア活動の途中でも、茨城大学の学生さんなど多くの人を見かけました。しかし、被災された方が片づけを終え、生活再建のスタートに立てるまでの道のりですら長く、果たしてその日がいつになるのか想像もつきません。その中で、私たちは日々の暮らしの中でこの「洪水」があったことが記憶から遠のき同じ水戸市民の中でも「ギャップ」が生まれてしまうのではと怖くなりました。

 

 

同じ水戸市でも会社の周り、自宅の周りは「水害」が起こった形跡は何一つありません。極めて日常です。8年前の大地震は、たくさんの人が被災者でした。しかし、今回は水戸市の外れの一部地域で起こった水害です。だからこそ、私たちが同じ市民として常に声を上げ続け、必要な支援を届けていく必要があると思います。

 

 

 

 

初めてこのようなボランティア活動をさせていただいて、逆に感じたこと、学んだことも多く貴重な1日となりました。これからも、何らかの形で微力ながらお手伝いを続けていこうと思います。そして、この地域の1日も早い復旧を同じ市民として祈るとともに、日本全国で同じような境遇にある方に必要な支援が継続的に届くことを祈ってやみません。